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魚を焼いていたら気がついた、西洋甲冑を着ることは難しいという事実

魚を焼いていたら気がついた、西洋甲冑を着ることは難しいという事実。
そんな話し。

魚焼き器の端がちゃんと折り返し処理されていないと、端がちょっと尖ってて洗うときに手が痛い。
思えば人類は鉄の尖ったところに対して弱い。
なぜなら鉄が尖ってると、肌に触れたとき痛いからだ。
だから金属板の端の処理は中学の時の技術科で習った。
理論上日本の義務教育を卒業した男性は全て端の処理が行えるはずである。

魚焼き器は魚を焼く以外に用いる機会は極めて少なく、洗うときにちょっと我慢すればいいので端が折り返し処理されていなくて尖っていても問題になることは少ない。
実際に手を切るほど鋭利なわけではないので、ちょっと尖っているからといって普段から痛い痛いと大騒ぎする私が、今回に限っては黙っていれば全ては丸く収まるはずである。
そう思って魚焼き器を洗っていた。

魚焼き器は魚を焼く用途に限定されているので助かった。私はそう思った。
「間違ってもこれを来て歩くとなるとぞっとするな……。魚焼き器を来て歩く社会。おそろしい……。もし世の中がそんなふうに向かったらおれはおわりだ!成人になったら村の広場で魚焼き器を着る儀式をおこなうんだ。他のみんなはいとも簡単に魚焼き器を身にまとい、晴れて村の一員として認められるのだが、おれだけがどうしても端っこの処理が痛くて着られないんだ。ヤーイ魚焼き器を着るのが恐いなんてさてはお前は魚か!?この魚野郎ッ!!周りからのそういったヤジが飛ぶなか、幼なじみのチエちゃんとか初恋のヤスコさんとかからの嘲笑の混じった冷たい視線を感じたおれはもう……おれはもう!」

それだけは何としてもさけたい!

私は今後世の中が、間違っても、魚焼き器を着て歩けるようになれば一人前、と認められるような社会に向かわないため、毎日Googleニュースをチェックして世の中の動向を注意深く監視するようになった。

そのときふと、鉄を着て歩くといえば西洋甲冑の存在を思い出したのだ。歩くどころかあれを着て暴れるわけである。こわい。
気になったので西洋甲冑について画像検索してみたが、どうも端をしっかり処理しているようには見えない。特にプレートアーマー。
もししていたとしても、せいぜい魚焼き器よりはマシな程度だ。画像からはそういうふうに見える。

「ここここんなものを着せられた日にゃあっしの柔肌はひとたまりもありやせんぜ!!」
私は戦慄した。
魚焼き器以上に、身につけるのがこわいものがこの世にあったのだ。
それは昔から存在していたし、私たちは知っていた。
ただ認識できていなかったのだ。
西洋甲冑は着るのがこわいということを。

「──というわけでですね、魚を焼いていたらですね、今こうして私がえらそうにしていられるのは西洋甲冑を着なくて済んでいるからだ、ということを学びました」
美容室で、最近なにか変わったことありました?と聞かれたので私はそういう話しをした。
美容師さんは、ふーんと答えると意識を私の散髪の作業のほうに戻した。
頭の上から心地よい周期で聞こえてくる、ショキショキいうハサミの音。
そんな午後。  

少し経って美容師さんが聞いてきた。
「ちなみに何の魚焼いてたんですか?」
「タチウオです」

2014ストリートシーンで見逃せない新感覚エクストリームスポーツ、Nukeについて

私は草むしりが好きだ。
雑草をむしったときの、根っこから抜けるあの感触がやみつきになる。
なので、子供を近所の公園で遊ばせるときなど、暇を見つけては草むしりをして楽しんでいた。
私はこの草むしりをNukeと呼び、ひとりでエクストリームスポーツ化させ、数々の高度な技を編み出した。

基本的にはNukeした雑草の根の状態や抜いた後の地面の状態によって技がきまる。
主なものとしては

  • 根の状態が広いダイバージェント(分岐拡散)
  • 逆に根の状態が細長いスティングレイ(先端深淵)
  • 抜いた後がひびわれているアースクエイク(地震喪失)
  • 逆に抜いた後なのに始めから何もなかったかのようなヴォイド(無効化)
  • 根に土がたくさんついたラピュタ(天空の城)
  • 根に石が絡まったストーンヘンジ(内包石)
  • 根に幼虫が絡まったオーガニック(鬼蛋白)

などがある。

Nukeした証として、ゴミ箱付近にこれらの技をキメた痕跡を並べておくことをタギングと称して、うまくタギングできたところはナワバリとして主張することが許される。
さらにこのタギングにも技があって、通常はNukeした雑草をただ並べるだけなのだが、もとあった場所に何事もなかったかのように植え直すのとクリエイトと呼び最も難しい技としている。
この状態でのタギングは、行う側も見抜く側も高度なNuke能力を必要とする。

私はこのタギングを進めて、順調にナワバリを拡大していった。
なにせ自分が作ったスポーツで、世界に競技人口が自分ひとりしかいないので当然といえば当然である。

しかしここ数日、問題が起きた。
なんと私以外にもNukeを行うNukerが近所の公園に現れたのである。

場所は近所にある、正式な名称はないものの小学生達からはパイナップル公園と呼ばれている(由来はでっかいパイナップルみたいな木が生えてあるから、らしい)、団地の中にある小さな遊具施設がまとまっている公園だ。
そのパイナップル公園の中で、やけに公園内の雑草がNukeされた状態で地面に並べられているのを気がついたとき、確信した。
これは、タギング行為。ついに俺以外にNukerが表れこの公園をナワバリにしようとしている!

しかも新参Nukerにしては技のキメ方があざやかだ。
相手が主に決めてくるのは、ファットルートと呼ばれる、根が太い雑草ばかりを狙って抜く技が多かった。
タギングにもスニークという技(わざと目立たないようにタギングをすること)を混ぜてきていて、相手のレベルの高さがうかがえる。

「これは、負けられないぞ!」
私はまだ見えぬこの敵を、Nuke名セイムズサムゼムと仮に命名して、売られたタギング勝負に挑んだ。
(ちなみに私のNuke名はパーチャリアンコー、始祖男である)

「おとーさんー。なにしてるのー?おしごとしてるのー?」
「うん……そうや……おとうさんはな……おしごとではないねんけど、負けられない闘いをしとるんや」
「草むしりしてんのー?」 「広義の意味でその行為をしていることに間違いはないけど、より正確にお父さんの今の行為を示すとすればタギングで負けられないのでNukeしとるんや」
「ふーん」

それからというもの、子供を公園に遊ばせるたびに私はまだ見ぬNuker、セイムズサムゼムとの厳しい闘いに明け暮れていた。
新技を開発して引き離したかと思うとセイムズサムゼムも負けじと食らいついてくる。
客観的にみて私のほうが技の独創性、難易度、完成度など総合的にみても何歩も先を行っているものの、セイムズサムゼムのもつ可能性を秘めた爆発力のあるNukeによって、私は苦しい闘いを強いられていた。

「なんじゃこりゃあ……」
もしやこのタギング勝負は終わらないんじゃないか……。
長引く闘いによってお互いに厭戦感が流れる中(実際に顔を合わせたわけではないのでセイムズサムゼムのほうも同じ気持ちかどうかは正確にはわからないが、ともに闘った仲、理屈で説明するのは難しいがそういった空気をお互い感じるようにはなっていた)、事件は唐突に動いた。

公園が、禁じ手であるブロークングラスで荒らされていたのである。
雑草が抜けなくなる、根っこを残して地面の上の葉っぱだけ刈りとられるブロークングラスは、我々Nukerが最も嫌う行為だ。

「いったい誰がこんな事を……」

もちろん、それが、長年闘ってきたセイムズサムゼムではないことは感じている。
そう、草刈りの季節が始まったのだ。

ブイーンブイーン。

草刈り機の轟音が団地の敷地内をひびかせる。
おれたちの勝負は一旦おあずけだ。
草刈りが終わったら、また勝負だ……。セイムズサムゼム。

「他のストリート系スポーツと違って、Nukeは自然を相手にするんで。
辛くないといえば嘘になります。
でもね、楽しいんですよ。僕は草むしりが」

東京オリンピックには正式種目として世界中のNukerと勝負がしたい。

だいぶ聞き分けが良くなってきたとはいえ、雨の日の保育園のお迎えは相変わらず難易度が高い。

子供にとって雨の日というのは特別なことがいっぱいの日。
その日の特別な傘とその日の特別な長靴とその日の特別な雨合羽に身を包み、特別な濡れた道路にできたその日だけの水たまりを踏んで歩く。
危なかったり時間がかかったり、いろいろと苦労が増えるが、本人に危険が及ばない範囲で出来るだけ自由にさせてもやりたい。その兼ね合いが難しい場面が格段に増える。

大人の傘にも興味津々で触ってきたり、抱っこする必要があるときに邪魔だったり危なかったりするので大人は傘を持たず雨合羽だけ羽織って保育園に迎えに行く。
この日もそうした。

「お父さんも入って」 雨に濡れて普段に2倍増しでみすぼらしくなっている私に、子供が自分の傘を差しだしてきた。 「あ、お父さんも入れてくれるの?ありがとう、やさしいね。
でもちょっと小さいから、お父さん入らんなあ。
もうちょっと大きくなったら、いっしょに入れてね」
いつか大きくなった子供と、相合い傘する日がくることを考えると、少し照れくさいような嬉しいような、悪くない気分になった。

「ん、だっこ…。だっこして」
甘えてきた子供の要求に応じて抱きかかえた。
「ほら、こうしたらお父さんも入れるでしょ」
にっこり笑った小さい子供と、相合い傘。
この宝石のような時間が、ただただ嬉しい。

2013

今年は私事で不幸があったので、とてもじゃないけど良い一年ではなかったのですが、仕事の面においてはものすごく飛躍した年だったので、少し振り返ってみたいと思います。

まずは今年一年、公私に関わらず、またネット上リアル上関わらず、私たちを支えてくださった皆様、ありがとうございました。
たかだかホームページを作るのが人よりは少しうまいだけの私たち夫婦を、応援してくださって心より感謝です。
今年も一緒にいろいろ出来た人、今年はちょっと絡めなかった人、今年初めてであった人、皆さんどうもありがとうございます。
どうしても感謝の気持ちを最大限あらわそうとすればするほど、月並みな表現になってしまいます。

私たち宇都宮ウエブ制作所は、閲覧者の益になるコンテンツを作る事がクライアントの益にもなる、と信じて仕事をしてきましたが、今年は特にこれが受け入れられた年でもあり、実際に数字として表れた年でもありました。

インターネットという、これだけ情報が溢れた世界においては閲覧者に少しでも益にならない情報はただただ捨てられるのみになってきていて、しかもネット上での活動がトラッキングしやすいシステムであることも手伝って、騙しのテクニックや小手先の技などで一時的に目先の数字を稼ぐだけではクライアントにとって好ましくない状況を作ることになると思っています。
対して私たちは、閲覧者の益になるコンテンツを作る事でクライアントの利益を作ろうとする仕事を心がけていますが、去年までは同業者からもわりといろいろな言葉で異端扱いというか極論扱いというか、あまり受け入れられてなかったのですが一転して今年はコンテンツありきな考え方がより多くの人に受け入れられるようになったと実感できた年でした。
そして実際に、今年はコンテンツが数字としても大成功を収めることが出来たこと。これが特に嬉しいです。

今年は本当に全ての案件で思い出深い大豊作の年だったのですが、個人的には一番大発明だったのが、人力加工キャンペーンコンテンツ。
予算も開発期間も厳しい案件だったのですが、その中で考えに考え抜いて生まれた、最大限に閲覧者とクライアントに益をもたらす方法が、
「自動化じゃなくて手動化」
で、しかもこれが大当たりしました。

もともとコンピューターやシステムがありがたいものだと思われていた時代だと、「あなたの○○が自動的に××になる!」のほうがありがたがられたんだと思いますが、今や人の手が「わざわざ」入る方がありがたい時代。
「ぁなたの○○を大阪にぉるオカンが夜なべして××にこしらぇただょ…」
のほうがウケるわけですね。

企画としても当たったのですが、システムとしても、
予算と納期が厳しい中でユーザーに最大に益を成すシステムは作れないけど、 せっせと手動で加工してくれる仲間を信じて、その仲間のために手作業をしやすい環境やツールを作る!
という、目指すものの方向転換が印象的な発見でした。

今年は一個一個が発見が多かったのできりがないですがこのへんで。
商売としては、そうだなー、う〜ん、去年までの主力だった企業広告案件は来年はさらに厳しくなりそうな予感……、モバイルアプリ開発も、そろそろマネタイズどうする?って壁にぶち当たってて今以上に苦しくなりそうかなあ、というのが正直な感想です。

ほんとにいろいろあって仕事が楽しかった2013年ももうすぐ終わりで名残惜しいですが、ありがとうございました。
立ち止まれば死ぬこの業界。ちょうどいい居場所なんてないので、2014も走り続けます。どこにいっても捕まりません。よろしくおねがいします!!

2013がおわる

今年はたった11日だけだけど、母親と最後に一緒に過ごせた年だった。 その年がもうすぐ終わって、来年から母親がいてくれる年は永久に巡ってこない。 頭では理解できてるし、覚悟もしてたんだけどだいぶ辛いものがある。

ある雪の日

子供と一緒にアンパンマンのテレビアニメを見てたときの話し。
バイキンマンは相変わらず悪さばっかりしてるんだけど、あるときバイオリンの奏者と出会って名演奏を聴くことになるんですよね。
そこでバイキンマン、演奏をいたく気に入って、涙を流しながら
「ううう、名曲だ。心が洗われるようだ」
「おれだって本当は悪いことをしたいわけではなかった」
「はひふへほ」
と泣くんですよね。

そこでバイキンマンは心を入れ替えたのかというと、そうではなくって、演奏を聴いたときには確かに清い心になりもしたが、演奏が終わってみればまた別にどうでもよくなって、結局もとどおり利己的な行動に走っちゃうわけですよね。

それをみたホラーマン(っていうバイキンマンの下っ端)が、バイオリニストの弟子入りをするのですよね。
おいおい、お前みたいな下っ端のホネがバイオリンなんて習って何考えてるんだ、と思ったら、ホラーマン、
「一所懸命練習して、バイキンマンに聴かせてあげる」
っていうんですよね。

それをみてですね、僕が思ったのは、
「どんな悪人でも、芸術に触れて感動する権利は等しくあるのだなあ」
「いやまてよ、どんな悪人でも、と条件を広げるのは早計だ」
「では逆に、どんな悪人なら芸術に触れる価値すらないだろう」
「そこを考えてみるとおもしろいかもな」
ということでしたよね。
もちろん、悪人の定義をどうするかなどのメタなところは、ここではあえて掘り下げずにいますね。

─────────
ある雪の日。
- 路上でバイオリンを弾いている、ひとりのみすぼらしいバイオリニスト。
忙しく通り過ぎる人々のなかで、その音色のすばらしさにふと立ち止まって聴き入る男がいた。

二人とも知らないことだが、この男は過去にバイオリニストの家族を殺した。 男には曲を聴く資格があるのかどうか。
バイオリニストはこのことを知れば、どうするのか。
─────────

個人的には、まあ、ブラスバンド部だったのでチューバこそ至高。
金管楽器最高。打楽器はだいたい友達。
木管楽器と弦楽器はさっさと帰れと思います。

くる日もくる日も、穴を掘っていた。最初はただ、秘密基地が作りたかっただけなのに。

少年の頃のぼくには、ひとつの指標というものがあって、それは 「人間の背丈以上のものを作ることができれば、大人だ」 というものだった。

はじめは、秘密基地が作りたかった。 裏山の、大人が誰も来ないようなところに気の利いた掘っ立て小屋を建てて、こころゆくまでマンガを書く、マンガ秘密基地を建築したいというのが当初の目的だった。 しかしながら道具も材料も技術も何も持たない小学校低学年のぼくが小屋を建てることはできなかった。 トム・ソーヤなんかは、あれは物語だもんな……。 そうやってぼくは小屋を建てることを諦めようとしていた。 結局のところ、小屋なんてものは大人じゃないと建てられないものなんだ。ロビンソンクルーソーだって大人だし。

家の裏山には、先祖が築いた”段々畑”と呼ばれる、山の斜面に石垣で階段状に作られたみかん畑が広がっていた。 平地の少ない四国地方で、畑の面積を最大限に確保し山頂から瀬戸内海に向けて吹きおりる新鮮な風や太陽の光をたっぷりみかんに届けることが出来る、我々先祖の知恵と努力の結晶だ。 その段々畑の石垣のある風景を庭に育ってきたからなのか、それとも石垣を積むことが遺伝子に組み込まれていたのか、ただ単に他に材料がなかったからなのか、ぼくも最初は入りを積み重ねることで秘密基地を作ろうとしていた。

ひとつづつ石を積み重ねては、ある程度の高さで崩れていく……。 絶対に自分の背丈を超える高さにまで積み上がることがない石垣。 秘密基地を建造するために、背丈を超える石垣を作ることは必要条件だった。

先祖はどうやって、どんな思いでこの山に石垣を積んでいったんだろう。

「おとうさんが小さいころはのう、4歳ぐらいからみかんの手伝いに仕事させられとったがで。この町の子供はみんなそうながよ。昔はみんなそうながやったがぞ。どんどん働かされる年齢が上がって、おまえらは子供のうちから働かされることはなくなったがのう」 本家はまだみかん農家をやめてないとはいえ、ぼくたちの世代でみかんの手伝いをさせられることはなくなっていた。 みかんではないとはいえ、ぼくがはじめて働きにでたのは18歳のころだ。 つまり父の言う働く年齢が年々上がっているという説を元に、ご先祖が何歳くらいから働いていたのかが計算で割り出せる。

時間軸をx、就労年齢をyとする。 父と私とは24歳の年齢の開きがあり、年齢の軸がYなのでゼロを下回ることがあり得ないことから、点(1, 4)と(25, 18)を通る反比例の式を求めればいいことがわかる。 (1 - a)4 = (25 - a)18 112.5 - 4.5a = 1 - a -4.5a + a = 1 - 112.5 -3.5a = -111.5 a = 31.857142857142858

中学の時に習っているので、高卒のぼくでも簡単に求まる。

つぎにぼくは、この石垣が作られた年代を調べてみた。 まずこの町でみかんの栽培が始まった年代をあたってみたがその歴史は古く、”三瓶町誌上巻項650” に依ると室町幕府ができるよりも遙か昔、今から500年前には”みつかん”という品種が栽培されていたのがわかる。 温州みかんに限っても、1861年(文久元年)、150年以上前に栽培が始まっていた。 今から150年以上前の私の先祖たちは、いったい何歳くらいから働いていたのですか?

計算してみた。 (-90 - 31.857142857142858)x = (1 - 31.857142857142858)18 -121.85714285714286x = -555.42857142857144 x = 4.55803048065651

ばかげている。 こんな計算に何の意味があるのか。

石垣が積み上がらなくて、もしぼくが3匹の子豚の三男であればそろそろ2匹のブタ兄さん達からばかにされそうになるころ、ぼくは方向性のシフトを決意した。 つまり上方向に積み上げるのは無理だから、下方向に掘るのだ。 掘るだけなら、下に下にと掘ってさえいけば、いつかは背丈以上に掘り進めることができるだろう。 そう信じてくる日もくる日も穴を掘り続けるようになった。

家の裏山にある、段々畑。 先祖達がこしらえたその石垣を背にして子供のぼくは掘り続けた。 大人達はこの山を「ドンガ森(堂ヶ森)」とよんだ。 なぜ畑なのに森とよぶのか、ぼくにはそこらへんのことが一切わからなくて気持ち悪かったけど、大人達は別にそこは平気なようだった。 ぼくも大人になったら呼ぶのだろうか?森ではない畑を森と。

ぼくはそこらへんのところがよくわからなくて、ただひたすら掘り続けた。家の裏の穴を。 しかしながら、掘っても掘っても、穴は端から崩れ落ちて埋まってしまい、一定の深さ以上は進まない。 それでもぼくは掘り続けた。何がしたかったのか。最初はただ、秘密基地が作りたかっただけなのに。

「まーた!こんなところに穴なんか掘って!」 ひたすら穴を掘り続けるぼくを最初に叱ったのは、裏の畑にみかんを取りに行こうとしていたひいばあちゃんだった。 「遊びでこんなもん掘るがやったら階段でも作ったらいいがぞ!」 階段! そうだ。 背丈以上の穴を掘るとなれば、出るために階段が必要になる。 その日からぼくは、斜面に階段を掘る練習を続けた。 掘っても埋まる不毛な作業から逃れたかったのかもしれない。

階段を作る技術は日に日に上達した。 石垣を積む技術も会わせて、石段を作る事もできるようになった。 先祖が作った階段状の畑のそばを走るぼくの石段。 ひいばあちゃんの農作業は飛躍的に楽になった。

「おいしいか?」 「おいしい!みかん大好き!」 裏山の畑で取れたみかんをほおばるぼくに、ひいばあちゃんは満面の笑みを浮かべた。 この町のみかんは世界一うまい。

深夜二時、国道二号線の二人、あるいは二次関数

「この町って遊ぶところ少なくて嫌じゃなーって思っとったんじゃけど。違うって気付いたんよ。
少ないのは道のほう。仕事に行くにも遊びに行くにもこの道通るしかないけん。
この道を毎日行ったり来たり。
仕事行くためにこの道を通って、遊びに行くのにこの道を通っていきよる。
遊ぶところが少ないんじゃなくて道が少ないんよ」
少し無理言って付き合ってもらった週末夜のドライブ。
助手席でシゲちゃんはそんなことを言ってた。

「それにしてもマムくんが珍しいね。明日も仕事じゃろ。忙しいんじゃない?」
接客業の自分は週末は忙しいので普段は遊ばないのに、今日に限って夜にドライブに誘ったことを彼女は言っている。
時計の針は深夜二時を回ろうとしていた。
「この道じゃないどこかに行きたくなって、違う道に入ってみるんじゃけど、結局ちょっと脇道に逸れただけで最後には行き止まりか、元のこの道に戻ってくるんよね。つまらん」
シゲちゃんは話しを続ける。
道の左手に見える海はどす黒く僕たちを睨み続ける。

「私な、こないだ市内で一人暮らししとったけどこっち帰ってきたじゃん。一人暮らしする前は憧れとったんじゃけどな。市内で住むんあこがれじゃわーって。
でもな、市内に住んでも結局は一緒じゃったんよ。
この町ではこのブランドは手に入らないとか、このモデルは大阪にしかないとか、みんなでこの町以外のもの合戦ばっかりなんよ。 この町じゃないものにみんな興味があるみたいじゃけえ。この町に住んどるんに。
余計に私ここから逃げられんのんじゃーっておもったら、つまらんくなって」
「つまらんのん?」
「ほうよ。つまらんよ」

車は大竹の工場街を抜け岩国に差しかかる。
「みんなこの道沿いにある紳士服売り場で仕事の服を買って、仕事に行くんよ。
この道にあるスーパーでパートしたりファミレスでバイトしたり、一家全員この道でストレスためて、休日にはこの道にあるショッピングセンターやレジャー施設でリフレッシュするんよ」
「あー」
「ほいでまた月曜日にはこの道を通って出勤するんよね」
「ほうじゃね」
道は曲がりくねって、僕たちの車を右に左にと翻弄する。
黒く膨らんだ海に見張られながら、ハンドルを切る。

「私は明日休みじゃけんええんじゃけど、マムくん仕事忙しいんじゃろ? ほんでなんでこんな時間にドライブ行こうて言ってきたん?」
「あ、ごめんガソスタ寄る」
「うん」
ちょうど後の車に煽られていたのをやり過ごしたかったのもあって、深夜でもやってるガソリンスタンドへと車を入れた。
「私このガソリンスタンドの匂い大好きー」
シゲちゃんはそう言って嬉しそうに深呼吸をした。
「んー」
黒く塗りつぶされた海の匂いと混じったガソリンの香りを肺一杯に吸い込み、疲れた体を思い切り伸ばしてみる。
深夜のガソリンスタンド。
国道沿い。
週末。走り屋。ヤンキー。
いろんなものに囲まれ、僕はガソリンを入れながら誘蛾灯をぼんやりとながめていた。

「お待たせ。ついでにコーラ買ってきた。飲む?行こうか」
「マムくんさっきの続きじゃけど、なんで今日は忙しいのにドライブ行こうって言ったん?」
「ああ……おれな。仕事やめるんよ。大阪行くけん」
「……嘘」
「……本当」
「……」

「そっか、マムくんずっと大阪行きたいいいよったもんね。おめでとう」
「ありがとう」
「戻ってくる?」
「戻ってこん」
「ほうじゃね」
二人を乗せた車は目的地へと着いた。

「いつもながら何もない公園!マムくんほんとここ好きよね」
「何もないことないで。このターザンロープ。おれこれがやりたくてやりたくて」
「アスレチックランドとかじゃない普通の公園にこれがあるのがええんじゃろ?わからんわー」
何かに塞がれそうになるとき、車を走らせて二時間、偶然見つけたこの公園の遊具で遊ぶことにしていた。
それももう今日で最後。
まるで海に向かって飛び込むかのようなターザンロープにつかまり、僕は滑降した。
「アーア、アー!」
ぱっ、
と手を離す。
放物線を描き、僕は海に向かって吸い込まれた。
空は白みはじめ、あれほど押しつぶされそうだった黒い海はどこにもなくなっていた。

あのとき、抜け出せないと足掻いていた道は、大阪へと続いていた。
手放せば、どこにだって行けるのに。
ぼくたちはそういう事を知らなかった。

みんなーTwitterがフレスコ画になるブックマークレット書いたよ〜。

Twitterのタイムラインのアイコンをフレスコ画で埋めるブックマークレット作りました。
これでほとんど誰が誰やらわからなくなります。

下のリンクをブックマークして、Twitterで呼び出してください。

フレスコ画

もしくは次のコードをTwitterの画面でアドレスバーにコピペしてEnterキーを押してみてください。 

javascript:(function(){var src_url='http://jqueryjs.googlecode.com/files/jquery-1.2.3.pack.js';var s=document.createElement('script');s.setAttribute('src',src_url);document.getElementsByTagName('body')[0].appendChild(s);var id=window.setInterval(function(){if(window['jQuery']&&window['jQuery']['fn']&&window['jQuery']['fn']['offset']){window.clearInterval(id);var avatar=$('img.avatar');avatar.each(function(){var t=$(this);t.attr('src','http://box.c.yimg.jp/res/box-s-jwtekdqqvgltdfzns6ir72ttbi-1001?uid=23024ab3-02e1-4f1e-8e56-5bb936eacd67&etag=2cb49ba713470304147479');});var fullNames=$('.fullname');fullNames.each(function(){var t=$(this);t.html('フレスコ画');});}},100);})();

みなさんの楽しいTwitterライフを!

http://yuco.tumblr.com/post/29408081259

yuco:

“なのでユニークな授業をたくさんやるわけです。受験勉強は勝手に自分たちでやれっていう校風なので、そういうことができるわけですが、そういうユニークな授業をたくさん受けて東大に入ってきた子と、地方の進学校で、かつて問題になった単位未履修で世界史さえ勉強しないで東大に来る子たちとで、特に女子の学生に多いんですが、文字通りカルチャーショックを受けて不登校になってしまう大学生が増えているんですね。そこまでひどくなくても、僕は大学院でこの話必ずするんですが、そうすると授業終わりの質問表に、「私もそうでした」って書く女子の大学院生が必ず数人います。もう宇宙人がしゃべっているようだったと。 今の東京の御三家と呼ばれる、桜蔭とか双葉の子たちっていうのは家がお金持ちっていうこともあってですね、コンテンポラリーダンスは見るわ、コンテンポラリーアートは見るわ、夏休みにはニュージーランドに2ヶ月ぐらい行ってるわで、ファッションセンスもいいと。18歳の女の子にとってはそれはショックですよね。地方出身で勉強だけやっとけば九大でも東大でも行けるからがんばれと言われ続けてきて。この科目とこの科目だけやれって先生に言われ続けてきてですね、頑張って東大まできたのに、まったく話が通じない。周りの人と。 昔はですね、逆転のチャンスがあったんです。三四郎の時代なら。熊本から出てって図書館に一生懸命通って、勉強して公務員試験に受かれば地方出身者にも逆転のチャンスはあったんですが、今は企業もセンスのいいやつから取りますからね。だって大企業の上場企業の8割がコミュニケーション能力を第一に考えるって言ってるんですから。コミュニケーション教育を受けられない地方の人はどうするんですか、せっかく東大に入ったのに。これは2、3年前にアエラが特集を組みましたし、最近も週刊現代かどこかが、「東大までの学生、東大からの学生」って8ページぐらいの特集を組みました。要するにエリート層であってもこういった地域の学力差ではなくて、文化的な差によって最終的に人生におおきな格差ができてしまう時代にきているんです。 だとすれば、地域の教育機関、あるいはこういった文化施設がこれをキャッチアップできるような政策を盛り込んでいかないと、地方はどんどん衰退していってしまう。スパイラル状に文化によって地方が衰えていってしまう。東京一極集中がとめどなく進んでいってしまう。ぜひそれを避けるために、地域、地方ほどですね、こういったコミュニケーション教育を進めていっていただきたい。”

平田オリザ講演会『コミュニケーション教育に役立つ演劇ワークショップ』 (pdf)

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